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第30回

運は生き方によって上向く

運のいい人は、
予感・直観を働かせる
ことができる人

命のエネルギーを高めるために大切なのは「生老病死」のあらゆるステージ、そしてさまざまな「場」を経験することです。一見して逆風が吹いているように感じたり、不運に遭遇しているように思えたりする時期でも、長い人生の途上における修行の場として受け入れてみることが大事です。
それでも、人は誰も逆境や苦難のさなかにいれば、なんとかして自分の運勢を上向かせたいと願うものです。私は、運がいいとか悪いとかいうことはたしかにあり、さらに言えば、運がよくなる方法もあると思っています。ただし、私が言う「運がよくなる方法」とは、開運の方法ではなく生き方の問題です。
私たちは、次々と襲いかかってくる「場」を、予感・直観で迎え撃っています。未来からやってきた「場」を予感し、眼前に立ち現れた「場」を直観で掴み、あるいはかわしたりしながら進化しているのです。したがって、この場合の「場」には、運やチャンスが含まれているのです。
運やチャンスが未来から来るものだとしたら、そのときにのんびりと構え、ゆっくりと考えていたら、どんどん過去へと逃げていってしまいます。チャンスが到来したら、すかさずよい選択を行うことが大切なのです。そして、いい「場」がやって来たときには「待っていました!」とばかりに掴めるのが幸運であり、悪い「場」が襲ってきたときに身をかわすことができずにかぶってしまうのが凶運なのではないでしょうか。
こうして、いい「場」をキャッチし、悪い「場」からエスケープするには、日頃から予感と直観を鍛錬しておくべきです。それには、常に予感・直観を働かせておくことです。そうすれば、人生の岐路に立ったとき、選択に迷ったとき、最適な選択ができたり、いいひらめきが起きたりすると思うのです。そこでいい選択ができることが、運のいい人生に繋がっていくはずです。
運のいい人は、予感・直観を働かせることができる人だと私は思います。

「行住坐臥」が予感・直観を鍛錬する

私は、中国医学を取り入れたとき、あるいはホリスティック医学に進むとき、それを事前に志向していたというより、その場その場のひらめきで選び取ってきた感があります。がんという病は、西洋医学だけでなく、ホリスティックなアプローチが不可欠であることも、私のなかに予感・直観としてあったように思えるのです。
この予感・直観を鍛錬する術とは、突き詰めれば「行住坐臥」であると考えています。これは仏教用語で「歩く」「とどまる」「座る」「寝る」といった4つの行動を表しています。仏教、とりわけ禅宗では日常生活のすべては修行だという位置付けです。要は、私たちの日頃の行動こそが人生を育んでいるという教えなのです。
日常生活において、この「行住坐臥」を1つ1つ客観的に意識してみると、余計な雑念が心に浮かばずに済むので心が落ち着き、不安が消えていきます。そして、立ち居振る舞いにも自ずと品性が表れてくるはずです。
このように、予感と直観が研ぎ澄まされてくると、人生は彩られて豊かになります。すると、その長短に関わらず、充実した価値ある人生を送ることができるのではないでしょうか。

内なる声に従うことも
大切

予感と直観が働くようになると、「場」の良し悪しを見極めることができるようになります。「場」には必ずエネルギーが存在しますが、いい「場」に身を置けばいいエネルギーをもらい受けることができます。逆に、嫌な「場」に身を置くとエネルギーが低下し、運勢が下降してしまうと思います。したがって、運気をアップさせたいのであれば、まずはいい「場」に身を置くことです。「場」のエネルギーの良し悪しは、日頃から予感と直観を磨いていれば必ずや察知できるのです。
たとえば、会社や学校、病院、人の集まり……などといった「場」に足を踏み入れたとき、なんとなく嫌な感じがするという空間があるものです。これは、その「場」のエネルギーが低下している可能性が高いということです。そのような場面に出くわすのも、未来から送られてくるものに対し直観が働いた証のひとつだと言えるでしょう。このような場合は長居せず、以後、近づかないことが得策です。
逆に言えば、なんとなく落ち着く、なんとなく居心地がいい、といった具合に、いい「場」に足を踏み入れるとそれを察知することができます。そんな空間には、足を運ぶ回数を重ねていきたいものです。
また、なんとなく嫌な感じがする、なんとなく落ち着く、なんとなく居心地がいい、といった「なんとなく」を気のせいにして片付けることは簡単ですが、このような印象は意外に重要です。自分の内なる声に耳を傾け、素直に従うことも大切だと思うのです。

命のエネルギーが高まれば「場」をいい方向に
導くことができる

私たちは社会生活を送っている以上、いくらその「場」が悪いと感じ取っても、そこから簡単に逃げ出せない場合もあります。その最たるものが会社や学校です。ただし、職場や教室では自分のその「場」を構成している一員です。その「場」が悪いのは、自分にも責任の一端はあるはずです。したがって、自ら率先してその「場」をいいものにしようと努力を重ねることが大事です。そのためには、自身の命のエネルギーを高め、その「場」のエネルギーを引き上げる努力をすることです。1人でも命のエネルギーの高い人がいれば、その「場」の雰囲気はいい方向に転じるはずです。
では、自身の命のエネルギーを高めるにはどうすればいいのでしょうか? それは、心をときめかせればいいのです。そのためには夢や憧れを持って生きていくことです。ちなみに私の場合は、日々の「朝の気功・夜の酒」で命のエネルギーを高める養生に努めています。
本連載で幾度か述べさせてもらいましたが、「ときめき」とは、最後まで人生を輝かせるために必要なものです。人は誰しも、心にときめきを覚えたとき、命のエネルギーを高めるのです。私は、ときめきの最たるものが「生きがい」だと思っています。人生における生きがい、それも何事にも揺れ惑わされない生きがいを抱いて人生を歩むことは、幸福感を得られる最良の方法だと考えています。
私たちは生きがいを手に入れたとき、大きな心のときめきを覚えますが、なにもそこまで大きなものでなくてもいいのです。たとえば、未知の土地を旅するとき、おいしいものを食べたとき、おいしい酒を飲んだとき、あるいは何か新しいことにチャレンジするとき、人は内なるエネルギーを高い状態に保つことができるのです。
たとえ1つでも心をときめかせることを見つければ、命のエネルギーが高まり、「場」をいい方向に導くことができるはずです。それに加え、鍛錬した予感と直観を駆使していい「場」に身を置けば、人生は自ずと実り多きものになり、ひいては運のいい人生へと向かっていくのではないでしょうか。

(構成 関 朝之)

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