おすすめスポット

第38回

がんによる「生死の分かれ目」

がんになったことを
恥じる必要はない

 がんに罹患する人が増えた要因としては、長生きするようになったことと、ライフスタイルの大きな変化が挙げられます。では、「がんを克服していくのはどのようなタイプの人か」ということに考えを巡らせると、あまりあれこれと思い悩まない楽天的で、どこか無頓着な人がそれに当たるような気がします。
 ただし、何も考えずに乱れた生活を送っているわけではありません。ライフスタイルを整えてくれる人が側にいて、本人は無頓着なのがいちばんいい形のような気がします。しかし、それは性格ですから、自分も楽観的にしようとしても急にできるものではないでしょう。それでも、そのような気持ちがないよりはあったほうがいいと思います。
 いずれにしても、がんは不治の病ではないということです。それは、常に念頭に置いておかなければいけません。かくいう私も、もしもがんになってしまえば、激しく落ち込んでしまうはずです。
 私も自分ががんではないか、という体験をしたことがありますが、それをかいつまんでご紹介します。
 今でもあるのですが、私の鎖骨の上に丸い腫瘍ができました。なぜ、ここに腫瘍があるのかというと、若い時分から柔術をしていたので、知らないうちに出血したものが器質化したようです。ちなみに器質化とは、外部から体内に入ってきた異物や、体内で形成された病的産物の周囲に肉芽組織がつくられ、それを融かして吸収しながら肉芽組織で置き換えていく現象のことです。柔術は、逆手を取られたり投げ飛ばされたりしますので、おそらくその際に出血して血腫がつくられ、それが丸くなり器質化したものだと考えられます。最初にその腫瘍を見つけたときは、かなり驚きました。その頃、自分の病院をつくるために借金を考えていたので、もしも借金をつくったまま自分が死んでしまったら大変なことになってしまうとも考えました。
 私は、このときに勤務していた病院で密かに1人だけで検査をしました。その心理は、まず困ったという感覚と、自分ががんだということを人に悟られないほうがいい、というものでした。このような感覚について、アメリカの放射線医の医師であるアンソニー・J・サティラロさんが著した『がん―ある「完全治癒」の記録』のなかで、「がんは人を辱める」といったことが記してありました。
 その人と同じようなことを言っていた患者さんがいらっしゃいました。その方は50歳代のスポーツ万能の男性で、若いときは陸上競技の選手で、それ以降もスキーやゴルフなどで体を動かしていたそうです。
 その方が肝臓にがんが見つかり、それが骨にも転移し、得意だった運動ができなくなってしまいました。そのような状態で帯津三敬病院に入院してきた最初の日、その患者さんが私に言ったのは「なんか、俺、恥ずかしいです」というような言葉でした。その言葉には、スポーツで鍛えていて人よりも頑健だと思っていたのに大病になってしまった、という意味があったのでしょう。
 その患者さんと私も同じ心持ちになり、他言することなく自分だけで鎖骨付近にできた腫瘍を調べたのです。その検査結果ですが、何を調べても悪性というデータは出てきませんでした。それでも、1週間くらいは、心に靄がかかっているような気分で、目に映る何もかもが白黒に変わってしまったようでした。
 そのうちに徐々にその腫瘍ががんではないという確信に変わり、先述した柔術のことを想起して、これは腫瘍だと思うようになったのです。このような気持ちは誰にでもあると思いますから、がんになったことを恥じる必要はまったくありません。

がん細胞は、重要な臓器の働きを低下させてしまう

 がんになると、なぜ命取りになってしまうのでしょうか? それは、無秩序に広がっていくがん細胞が生命を維持するための基本的な臓器を損傷し、その働きを低下させてしまうためです。たとえば、肺にがんが転移して、肺ががん細胞だらけになると、酸素を取り入れて二酸化炭素を排出することができなくなります。そうなれば、当然、生命の維持は不可能になってしまいます。ちなみに、こうしたがん細胞の無秩序の増殖には遺伝子説・環境因子説・老化説があります。
 私の患者さんに、がんが体の内側でなく外側に進んでいた方もいました。その方は乳がんで、腫瘍が鍋ほどの大きさに広がっていました。ですから、常に大きな荷物を胸に抱えているような格好で歩いていたそうです。
 私が大阪に講演に行った際、知人から依頼されて初めて診たとき、その方に「なぜ、手術をしないのですか?」と訊ねたら、「体を傷つけずに病気を治したいからです」という答えが返ってきました。それでも、私に相談してきたということは、患者さんのどこかに手術を受けたいという気持ちがあったのだと推察できました。
 しかし、私は「現段階で手術をしても、予後はあまり変わらないでしょう」と説明しました。というのは、このがんを摘出したとしても、長生きできる期間が延びる保証はありませんし、外科医としては絶対に行わなければならない手術だと考えられなかったからです。それでも、現状のままでは患者さんの生活が不自由であろうと思いました。
 そこで、がんを治すという意味ではなく、おできを取るような気持ちで手術を受けてみたらどうか、と提案しました。すると、ご本人も同じように考えていたらしく、それほど日を置かず帯津三敬病院に入院して手術を受けることになったのです。
 そして、検査の結果、肺に大きな転移巣があることがわかりました。一般的に、肺に転移が認められた場合、早急に乳がんの手術は行わないものなのですが、腫瘍が邪魔だから取るという目的で、予定通りに手術を行いました。
 その際、患者さんには、この手術は病気を治すために行うものではないので、手術後のライフスタイルをしっかりと整えることをお勧めしました。そして、患者さんと〝戦略会議〟をした結果、食事療法・気功・太極拳などを行いながら、漢方薬・EMX・丸山ワクチンなどを治療に用いることになりました。それは退院後も続けられ、並行して月に1度、大阪から通院してもらい、レントゲンを撮ったり、腫瘍マーカーの値をチェックしたりしていったのです。その結果、肺の陰影は大きくならず、腫瘍マーカーの値の上昇は止まりました。
 もしも、あれほど大きながんが体の内側へと増大し続けていったら、とても元気にはしていられなかったでしょう。外へと大きくなっていった運に恵まれたケースだと言えます。ただし、運がよいといっても、大きながんが体内にあったわけですから、よほどうまい具合に何かが巡らなければ、危険な状態になっていたと思います。
 このように、がんによって命を奪われるということは、腫瘍の大きさのみならず、体にとって重要な臓器が巻き込まれてしまうか否かが分かれ目になるのです。

(構成 関 朝之)

BACKNUMBER


帯津三敬塾クリニック

東京都豊島区西池袋1-6-1 メトロポリタンホテル地下1階
電話:03-5985-1080 FAX:03-5985-1082
ホームページ:http://www.obitsu.com/

008-009 帯津良一の「養生塾」-新病院.jpgホリスティックな医療を求めて、多くの患者さんが集まる帯津三敬病院(埼玉県川越市)


2012帯津先生.psd帯津 良
帯津三敬病院名誉院長
帯津三敬塾クリニック顧問