活動レポート

がん化学療法の副作用を軽減するために、
漢方薬を組み合わせることで対応が可能に

日本人の2人に1人は、「がん」を経験する時代

元気に、健やかな毎日を過ごすことは、だれもが望む平凡な願いです。しかし、人は皆、風邪をひき、怪我をします。お殿様も商人も、親も子も、男も女も、いつの時代も自分の健康に気を配り、生活の安定を図る日々を送ってきました。
最近では、PM2・5という環境問題が大きく取り上げられるようになり、原発問題による食品の安全性ばかりでなく、日々の暮らしを安心して生きていくことの難しさを実感する機会が多くなりました。
四方を海に囲まれた日本で生活する人には、北海道から沖縄まで、狭い国土にもかかわらず、気候も異なり、食生活も違います。日本全国すべての土地で生活する人を、同じように考えることは難しいなかで、厚生労働省が行っている調査結果からすると、現代の日本人が経験せざるを得ない病気のひとつに、「がん」があります。

がん治療と漢方薬

2014年度国家予算95兆8823億円のうち、医療費は、約10兆円(約30%)が割り当てられ、とくにiPS細胞への期待や最先端医療の推進など、これからの医学発展のための予算も含まれているなかで、「がん治療」についても多くの予算が使われる予定です。
それでは、実際の「がん治療」の現場では、どのような医療が行われているのでしょうか。
平成18年よりがん対策基本法に則り、平成19年6月から「がん対策基本計画」が策定されました。がん対策推進基本計画が、5年間ごとに実施されてきています。
その中の1つとして、平成21年度厚生労働省がん研究助成金による「がんの代替医療の科学的検証に関する研究」班で行われた「がん診療に携わる医師および薬剤師の漢方治療と代替医療に関する意識調査」によれば、がん患者さんに対して漢方を処方したことがある医師は73・5%に達しており(First Nationwide Attitude Survey of Japanese Physicians on the Use of Traditional Japanese Medicine (Kampo) in Cancer Treatment A. Ito, K. Munakata, Y. Imazu, et al.:Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine Volume 2012)、すでにがん診療の臨床現場において、漢方薬は使われています。

医療従事者に対する漢方教育の現状

しかし、その漢方薬の「処方意図がわかる」と回答した薬剤師は25・6%、「処方内容を患者に説明できる」と回答した薬剤師は、19・3%にすぎませんでした。
また、現在のがん診療の第一線で活躍している医師は、卒前教育(大学、高校、専門学校など)で、漢方医学を学んだ経験がなく(今津嘉宏、金成俊、小田口浩、柳澤紘、崎山武志、2012「80大学医学部における漢方教育の現状」『日本東洋医学雑誌』 63〈2〉、132)、看護師の卒前教育で漢方医学の教育を行っている教育機関は、3・6%にすぎませんでした(中野榮子、安酸史子、山住康恵、東あゆみ、八尋陽子、佐藤香代「看護基礎教育における漢方医療教育の実態」『福岡県立大学看護学研究紀要 』10(2)、65-71、2013 FPU Journal of Nursing Research 10(2), 65-71,2013)。
医学部、薬学部、看護学部の卒前教育で漢方医学を学んだ世代が、がん診療の臨床現場に登場するには、まだ、時間がかかるのが現状です。このため、早急に、医療従事者への卒後教育プログラムを行うことが、強く望まれています。

医療従事者に対する漢方医学の卒後教育プログラムの実際

厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究「がん治療の副作用軽減ならびにがん患者のQOL向上のための漢方薬の臨床応用とその作用機構の解明」(班長=上園保仁)において、がん拠点病院に従事する医師、薬剤師、看護師を対象とした漢方薬の教育プログラムが平成24年度、平成25年度に行われました。これまで経験則でしか語られることがなかった漢方医学を科学的に研究し、論理的に用いることを目的に行われたこの漢方キャラバンセミナーには、全国から医師956名、薬剤師・看護師355名、総数1311名が参加しました。
はじめて漢方医学を学ぶ医療従事者への取り組みは、これまでも数多くされてきましたが、今回のような大規模なものはありませんでした。また、札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡と各都市で、同じ内容のプログラムを同じ講師が行うという試みには、たいへん大きな反響がありました。

日本の伝統医学である漢方医学

このプログラムで最も興味深かったことは、「漢方の本場は、どこでしょう」という問題に対して、多くの参加者が「中国」と回答したことです。
室町時代から日本の風土に合った医学として発展してきた漢方医学は、日本の伝統医学です。決して、中国の伝統医学をそのまま模倣したものではありません。漢方という言葉は、オランダから伝来した蘭学と日本の伝統医学を区別するために作られたと考えられています。中国で行われている伝統医学は、中医学と呼ばれ、医学理論も、使っている薬も、異なります。同じように韓国の伝統医学は韓医学と呼ばれています。行われている医療制度も各国で異なっています。
日本では漢方医学と西洋医学、どちらの医学も、同じ医師免許で診療を行うことができます。しかし、中国や韓国では、西洋医学を行う医師と伝統医学を行う医師では、医師免許が別になっています。このため、中医学を行う医師と西洋医学を行う医師は、異なります。
長い年月をかけて、日本で大切に育まれた伝統医学である漢方医学は、日本人の病気にマッチした学問として、「がん治療」に活用されています(表1)。

 表1  
日本 漢方 虚実、寒熱、気血水など。腹部所見を重視する
中国 中医学 陰陽、虚実、寒熱、臓腑など。脈の所見を重視する
韓国 韓医学 四象医学(太陽人、少陽人、太陰人、少陰人)

漢方キャラバンセミナーのポイント

「がん治療」における最も大切なものは、エビデンスに基づいた医学をすべての国民へ届けることにあります。エビデンスに基づく医学により、すべてのがん患者さんは、日本全国どこにいても、安全で安心してがん治療が受けられることが、保証されています。
しかし、現代、情報社会と呼ばれているにもかかわらず、これまで述べてきたように教育不足のため「がん治療」では、漢方医学と西洋医学を併用した医学を受けられるチャンスが少ないという問題があります。
そこで、漢方キャラバンセミナーでは、すぐにでも「がん治療」に漢方薬が活用できるようにポイントを絞ることになりました。
以下にその概要について説明します。

①漢方薬の副作用
従来、漢方薬には副作用がない、あるいは少ないと思い込んでいた医療従事者に対して、漢方薬に含まれる生薬単位での副作用に関する教育が行われました。医療用医薬品である漢方薬にも副作用があることを教育し、漢方薬を扱ったことがない医師、薬剤師、看護師が、がん患者さんに対してしっかりと説明ができることを目的とされました(表2)。

表2
大黄 だいおう センノシドによる瀉下作用 腹痛、下痢など
芒硝 ぼうしょう 硫酸ナトリウムによる瀉下作用 腹痛、下痢など
麻黄 まおう エフェドリンによる作用 交感神経亢進作用など
甘草 かんぞう グリチルリチン酸による抗炎症作用
下肢の浮腫、低カリウム血症、高血圧症など
附子 ぶし アコニチンによる神経毒 動悸、のぼせ、舌のしびれ、頭痛など



②漢方薬の服用方法
味や香りが苦手で内服できないがん患者さんに、内服しやすい工夫をいくつもの方法を用いて説明がされました。子供から老人まで、誰もが内服できる方法が指導されました(表3)。

表3
形状を変える 粉状の漢方薬を大さじ1杯、80℃以上のお湯で溶かす
温度を変える 味と匂いが苦手な場合は、氷などで冷やすコーヒー、ココア、抹茶を加える
味を変える コーヒー、ココア、抹茶を加える
オブラートに包む オブラートに包み、水の入ったコップに2〜3分浮かべ、ゼリー状に溶けたら、水と一緒に飲む



③漢方薬の費用
医療用医薬品を用いることで、すべてのがん患者さんが保険診療の範囲内で漢方医学の治療を受けることができることが説明されました。日本で行われている漢方薬を用いた医療は、安全で安心ばかりでなく、保険診療による安価な漢方薬を用いた上で、エビデンスに基づく医学が、提供されることを明確にされました。

これからの「がん治療」と漢方薬

2002年、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一先生のお陰で、これまで解明ができなかった漢方薬の体内動態が解明されるようになりました。これまで伝承と経験でしか語られていなかった漢方医学は、最先端技術を活用することで科学的に証明されるようになり、従来の使い方から現代の活用方法が行われるようになったのです。
たとえば、これまで腸閉塞の薬として理解されていた大建中湯(だいけんちゅうとう)は、腸管粘膜にある神経と血管に作用して温度センサーと圧力センサーを調節することが判明し、腸閉塞ばかりでなく、過活動性膀胱にも応用されるようになりました。
また、がん化学療法の副作用を軽減するために、多くの漢方薬を組み合わせることで対応が可能となってきました。治療困難と考えられていた末梢神経障害に対しても、内服のタイミングを工夫することで漢方薬による治療が行えることがわかりました。
このようにして、漢方薬を古典的な漢方理論で使用するばかりでなく、新しいエビデンスをもとにして、現代医学に合った形で漢方薬を活用することが、医療現場で行われています。
しかし、悲しいことに、まだまだ、臨床の現場においては、がん患者さんの心のスキを狙い、高額な医療費を要求する医療従事者や、科学的裏付けのない補完代替医療を「がん」に有効だとうたっている業者がいることを悲しく思います。
今後、さらに科学的な証明が進み、より安全で安心できる医療が、すべてのがん患者さんへ届けられることを心から期待しています。そこに、漢方薬が少しでも活躍する場があることを心から望んでいます。

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今津先生.jpgがん化学療法の副作用を軽減するために、漢方薬を組み合わせることで対応が可能に

(2014年4月70号掲載)

今津嘉宏

芝大門いまづクリニック院長