活動レポート

低用量ナルトレキソン療法とは何か
―がんに対するナルトレキソンの作用とメカニズム

ナルトレキソンはオピオイドの働きを阻害する

ナルトレキソン(naltrexone)はモルヒネに似た構造の化合物で、モルヒネなどのオピオイドとオピオイド受容体の結合を競合的に阻害するオピオイド受容体拮抗薬です。麻薬中毒など薬物依存症の治療薬として1984年に米国で認可されています。アルコール依存症の治療薬としても欧米で使用されていますが、日本では認可されていません。
オピオイド(Opioid)とは「オピウム類縁物質」という意味で、オピウム(opium)はアヘン(阿片)の英語名です。アヘンはケシ(芥子)の未熟果から得られる液汁を乾燥させたもので、モルヒネやコデインなどの麻薬を含みます。モルヒネやオキシコドンなどの麻薬性鎮痛薬をオピオイド鎮痛薬と言います。
図1.psd図1 オピオイドとオピオイド受容体とナルトレキソンの関係   オピオイド(オピウム類縁物質)にはアヘンアルカロイド(モルヒネなど)と内因性オピオイド(ベータ・エンドルフィンやエンケファリンなど)があり細胞のオピオイド受容体(δ、κ、μ)に結合して作用を発揮する。内因性オピオイドは中枢神経系に作用して鎮痛作用や多幸感を引き起こし、脳内の報酬系にも関与しているので、脳内麻薬とも呼ばれている。ナルトレキソンはモルヒネと似た構造をし、オピオイドとオピオイド受容体の結合を競合的に阻害する。モルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体(オピオイド受容体)が1973年に発見され、このオピオイド受容体に作用する内因性の物質としてエンケファリンやベータ・エンドルフィンなどの内因性オピオイドが多数発見されました。すなわち、内因性オピオイドとオピオイド受容体は体の苦痛を和らげるために体内にもともと存在し、モルヒネなどの麻薬はオピオイド受容体に結合することで、鎮痛作用や快感をもたらしていたのです。
モルヒネなどの外来性のオピオイドはアルカロイドという化合物ですが、内因性オピオイドはアミノ酸が数個から数十個つながったペプチドで、作用する受容体の違いによってエンドルフィン類、エンケファリン類、ダイノルフィン類に分類されます。
内因性オピオイドは脳内麻薬とも呼ばれ、陶酔感や多幸感を引き起こし、薬物依存症やアルコール依存症の発症に関与しています。ナルトレキソンは内因性オピオイドとオピオイド受容体の結合を阻害して快感を得られなくすることによって、薬物依存症やアルコール依存症を治療します(図1)。

メチオニン・エンケファリンは細胞増殖を抑制する

内因性オピオイドは神経系に対する作用だけでなく、免疫細胞の働きの調節やがん細胞の増殖を抑制する作用も知られています。内因性オピオイドのうちメチオニン・エンケファリンにがん細胞の増殖を抑制する作用が見つかっています。
オピオイドの抗腫瘍効果を研究していたペンシルバニア州立大学のザゴン(Ian Zagon)博士らは、マウスに神経芽細胞腫を移植した動物実験で、オピオイド受容体を持続的に阻害する高用量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増殖が促進され、オピオイド受容体を1日4~6時間だけ断続的に阻害する低用量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増殖が著明に抑制される現象を発見し1983年に報告しています。この実験結果は、なんらかの内因性のオピオイドががん細胞の増殖を抑える作用があることを示唆しています。このがん細胞の増殖を抑制する内因性オピオイドとして同定されたのが、メチオニン・エンケファリンです。
エンケファリン (enkephalin) は、5つのアミノ酸からなるペプチドで、C末端のアミノ酸がメチオニンのものとロイシンのものの2種類が存在します。メチオニン・エンケファリンはチロシン–グリシン–グリシン–フェニルアラニン–メチオニンの5つのアミノ酸からなり、ロイシン・エンケファリンは最後のメチオニンがロイシンになっています。
メチオニン・エンケファリンは細胞(正常細胞とがん細胞)の増殖を抑制する作用が見つかってからはオピオイド増殖因子(Opioid growth factor)とも呼ばれています。創傷部位にナルトレキソンを塗布してオピオイド増殖因子の作用を持続的に阻害すると細胞増殖を促進して創傷治癒が促進されることが報告されています。逆に、オピオイド増殖因子の働きを高めるとがん細胞の増殖を抑制することができます。

オピオイド増殖因子受容体が多くのがん細胞に見つかっている

細胞増殖の抑制に関与するオピオイド増殖因子受容体は677個のアミノ酸から構成され、通常のオピオイド受容体(δ、κ、μ)とは異なる構造をしています。このオピオイド増殖因子受容体が膵臓がんや肝臓がん、乳がん、卵巣がん、頭頸部扁平上皮がんなど多くのがん細胞に発現しており、オピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケファリン)が結合すると、細胞の増殖がストップすることが報告されています。
図2.psd図2 オピオイド増殖因子受容体は細胞核の核膜の外側に存在し、オピオイド増殖因子(メチオニン・エンケファリン)と結合して核の中に移行し、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子の発現を亢進して細胞増殖を抑制する。オピオイド増殖因子はオートクリン(自己分泌)あるいはパラクリン(傍分泌)の機序で細胞の増殖を抑制する因子として作用し、発生や創傷治癒や血管新生や細胞増殖の調節を行っていると考えられている。膵臓がん細胞を移植した動物実験においてメチオニン・エンケファリンを投与すると、がんの縮小や延命効果が得られることが報告されています。進行した膵臓がんの患者さんを対象にした臨床試験でもメチオニン・エンケファリンの腫瘍縮小効果が確認されています。
細胞はその細胞自身あるいは、近接する細胞の増殖を制御するような伝達物質や増殖因子を分泌しています。これをオートクリン(自己分泌:分泌された物質が分泌した細胞自身に作用する)やパラクリン(傍分泌:分泌された物質が、分泌した細胞の近隣の細胞に作用する)と言います。分泌された物質が血液に運ばれて離れた組織に作用することをエンドクリン(内分泌)と言います。
オピオイド増殖因子はオートクリンあるいはパラクリンの機序で細胞の増殖を抑制する因子として作用し、発生や創傷治癒や血管新生や細胞増殖の調節を行っていると考えられています。オピオイド増殖因子受容体は細胞核の核膜の外側に存在し、オピオイド増殖因子と結合して核の中に移行し、細胞周期を止めて細胞の増殖を抑制する作用を持つことが明らかになっています(図2)。

オピオイド増殖因子はサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の発現を増やす

細胞が分裂して数を増やしていくとき、細胞周期は4つの段階に分けられます。すなわち、DNA複製前のG1(Gap1)期、DNA複製期(S期)、細胞分裂前のG2(Gap2)期、および最後の細胞分裂期(M) 期に分けられます。増殖を休止した状態の細胞はG0期にあると定義されます。
図3.psd図3 増殖刺激は、サイクリン(Cyc)というタンパク質で活性化されるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)を活性化してRbタンパク質をリン酸化する。Rbタンパク質は転写因子のE2Fと結合してE2Fの活性を阻害しているが、Rbがリン酸化されるとE2Fと結合できなくなってE2Fがフリーになる。フリーになったE2Fは増殖関連遺伝子の転写を促進することによって細胞周期をG1からS期に移行させて細胞周期を回す。オピオイド増殖因子(OGF)はOGF受容体と結合すると核内に入ってサイクリン依存性キナーゼ阻害因子(CDK阻害因子)のp16やp21の発現を促進して量を増やす。その結果、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)が阻害されて細胞周期がG1期で停止した状態に維持される。細胞周期がG1期からS期に移行するときがん抑制遺伝子のRbタンパク質がサイクリン依存性キナーゼでリン酸化されることが重要なステップになります。Rbタンパク質がサイクリン依存性キナーゼでリン酸化されると転写因子のE2Fと結合できなくなり、フリーになったE2Fは増殖に関連する遺伝子の発現を促進して細胞周期のG1期からS期への進行を促進します。
サイクリン依存性キナーゼはサイクリン依存性キナーゼ阻害因子というタンパク質によって機能が阻害されます。このサイクリン依存性キナーゼ阻害因子にはp21やp16などのタンパク質が知られています。オピオイド増殖因子受容体は核膜の外側に存在し、オピオイド増殖因子が結合すると核内に入って、p16やp21などのサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の産生を高めることが報告されています。その結果、細胞周期をG1/S期のチェックポイントで止めて細胞増殖を阻害します(図3)。
オピオイド増殖因子(メチオニン・エンケファリン)を進行した膵臓がん患者に点滴で投与すると、症状の改善や延命効果が認められることが臨床試験で示されています。健常人やがん患者さんやエイズ患者さんを対象に免疫系に対するメチオニン・エンケファリンの作用が検討され、メチオニン・エンケファリンはナチュラルキラー(NK)細胞やTリンパ球の活性を顕著に亢進する作用が認められています。
このようにメチオニン・エンケファリン(オピオイド増殖因子)の体内での産生量や活性を高めると、がん細胞の増殖抑制と免疫増強に効果が期待できます。そのような方法として低用量ナルトレキソン療法があります。

低用量のナルトレキソンはオピオイド増殖因子の働きを高める

オピオイド増殖因子はさまざまな組織において細胞増殖を調節する作用があります。オピオイド増殖因子とその受容体の結合を持続的に阻害する量のナルトレキソンを投与すると、オピオイド増殖因子による細胞増殖抑制作用が阻害されるので、細胞増殖が促進されます。皮膚や角膜の損傷後の上皮細胞の再生がナルトレキソンの投与で促進されることが実験で示されています。
がん細胞を動物に移植する実験でも、高用量のナルトレキソン投与はがん細胞の増殖を促進することが示されています。しかし、オピオイド受容体を1日数時間だけ断続的に阻害する低用量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増殖が抑制されます。
1日のうち数時間だけオピオイドとオピオイド受容体の結合を阻害すると、がん細胞の増殖が抑制されるという現象の作用機序についてはまだ不明な点が多く残されていますが、オピオイド受容体の断続的な阻害によって内因性オピオイドの産生量とオピオイド受容体の量が増えることが関連していると考えられています。すなわち、オピオイド増殖因子(OGF)とオピオイド増殖因子受容体(OGFR)の結合が断続的に阻害されると、受容体のほうはより多くのOGFと結合しようと受容体の量を増やし、受容体の感受性を高めるようになります。さらに、OGF自体の産生量を増やして、OGFとOGFRのシグナル伝達を維持しようとします。その結果、OGFとOGFRの反応が増幅されることになるという説明です。
ザゴン博士らの論文に注目したニューヨークのバーナード・ビハリ(Bernard Bihari)博士は、多くの疾患の治療に低用量ナルトレキソン療法を行い、エイズやさまざまな悪性腫瘍、自己免疫疾患、神経変性疾患などの疾患に有効であることを報告しています。すなわち、薬物依存の治療には1日50㎎以上のナルトレキソンを服用しますが、ザゴン博士らの報告にヒントを得て、1日3~5㎎程度の低用量のナルトレキソンを投与したところ、さまざまな病気に治療効果を認めました。今までに、エイズ患者さんの免疫不全や多発性硬化症、クローン病、線維筋痛症に対する低用量ナルトレキソン療法の有効性を示す臨床試験の結果が報告されています。
ビハリ博士が低用量ナルトレキソン療法を行ったがん患者さんの多くは標準治療で効果がなくなった状態でしたが、約60%の患者さんに効果を認めたと報告しています。論文報告ではありませんが、24%の患者さんで75%以上の腫瘍縮小、35%の患者さんで病状安定あるいは腫瘍の縮小傾向を認めたと言っています。

ベータ・エンドルフィンは免疫力を高める

エンドルフィン(endorphin)は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味で、アルファ、ベータおよびガンマの各エンドルフィンがあります。ベータ・エンドルフィンは31個のアミノ酸からなるペプチドで、強い鎮痛作用や抗ストレス作用があり、身体的および精神的な苦痛を和らげる効果を持つので脳内麻薬とも呼ばれます。マラソンなどで長時間走り続けると、最初は苦痛に感じていても次第に快感を得るようになるという「ランナーズハイ」は、ベータ・エンドルフィンの分泌によると言われています。肉体的な痛みや疲労が高まると、脳下垂体などからベータ・エンドルフィンが分泌され、肉体的・精神的な苦痛やストレスを抑える作用を発揮するのです。
偽の薬であっても、薬を飲んだという暗示によって治癒効果が現れるプラセボ効果は、薬に対する期待感や、治療を受ける安心感、医師に対する信頼感などによって高くなりますが、プラセボ効果が最もよく現れるのが痛みに対する効果だと言われています。この痛みに対するプラセボ効果も、期待感や安心感によってベータ・エンドルフィンの産生が増えるためという意見もあります。
ベータ・エンドルフィンは、免疫力を高める作用もあります。体内に侵入した病原菌や体内に発生したがん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞やリンパ球にはベータ・エンドルフィンに対するレセプター(受容体)が存在し、このレセプターにベータ・エンドルフィンが結合することによりこれらの免疫細胞が活性化します。
鍼灸治療による鎮痛効果や免疫増強効果は、鍼灸の刺激によって体内のベータ・エンドルフィンの分泌が高まるためと考えられています。
低用量ナルトレキソン療法はベータ・エンドルフィンの産生と働きを高めることによって、免疫力やストレスに対する抵抗力や鎮痛効果を高めることが予想されます。

低用量ナルトレキソン療法は抗がん力を総合的に高める

前述の内容からベータ・エンドルフィンやメチオニン・エンケファリンの産生量を高めれば、体の治癒力や抵抗力を高める効果や、がん細胞の増殖を抑える効果を得られることが理解できます。
図4.psd図4 低用量ナルトレキソン療法は、ベータ・エンドルフィンやメチオニン・エンケファリン(オピオイド増殖因子)などの内因性オピオイドの産生とオピオイド受容体の両方を増やす作用がある。ベータ・エンドルフィンは強い鎮痛作用を持ち、ストレスに対する抵抗力を高め免疫力を増強する。さらに低用量ナルトレキソン療法は、がん細胞のメチオニン・エンケファリン(オピオイド増殖因子)とその受容体の量を増やし、オートクリン(自己分泌)の機序でがん細胞の増殖を抑制することが報告されている。ナルトレキソンはオピオイドとオピオイド受容体の結合を競合的に阻害します。オピオイド増殖因子とその受容体の結合も同様に阻害します。薬物依存症の治療に使用する量(1日50〜100㎎)ではオピオイドとオピオイド受容体の結合を持続的に阻害しますが、この量の10分の1程度(1日3~5㎎)の低用量を投与すると、その阻害作用は数時間しか続きません。
内因性オピオイドとオピオイド受容体の結合が断続的に1日数時間阻害される状況が続くと、体はその阻害されている状況を代償するためにより多くのベータ・エンドルフィンやエンケファリンなどの内因性オピオイドを産生するようになります。さらに、細胞のオピオイド受容体の量が増えることも報告されています。このような体内でのベータ・エンドルフィンやエンケファリンの産生増加とオピオイド受容体の発現亢進は、免疫力増強や抗ストレス作用、鎮痛作用、がん細胞の増殖抑制などの効果を引き起こすことにつながります(図4)。 
マウスを使った実験で、低用量ナルトレキソン療法が、DNA合成と血管新生を抑制し卵巣がん細胞の増殖速度を低下させることや、抗がん剤のシスプラチンの副作用(毒性)を軽減し、抗腫瘍効果を増強することが報告されています。
低用量ナルトレキソン療法によるがん細胞の増殖抑制の作用機序に関しては、脳下垂体や副腎からの内因性オピオイドの産生増加(エンドクリン機序)の他に、断続的なオピオイド受容体(オピオイド増殖因子受容体)の阻害ががん細胞に直接的な増殖抑制効果をもたらすオートクリン機序をザゴン博士は重視しています。すなわち、培養がん細胞を使った実験でも、持続的にナルトレキソンを作用させるとがん細胞の増殖が促進され、断続的にナルトレキソンを作用させると、がん細胞内でのオピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケファリン)とオピオイド増殖因子受容体の産生が増え、オートクリンの機序でがん細胞の増殖が抑制されるという研究結果が報告されています。
がんの臨床例に関する有効性の検討は、症例報告や予備試験のレベルのものしかなく、信頼度の高い臨床試験の結果はまだ報告されていません。
しかし、低用量ナルトレキソン療法は内因性オピオイドの産生増加によって体に備わった免疫力や治癒力を高め、さらにオピオイド増殖因子によってがん細胞の増殖を抑制するというユニークな作用機序と、副作用がほとんどなく安価な治療法であるので、がんの補完代替医療として世界中で利用者が増えています。

BACKNUMBER

福田先生.jpg低用量ナルトレキソン療法とは何かーがんに対するナルトレキソンの作用のメカニズム

(2014年5月71号掲載)

福田一典

銀座東京クリニック院長