水素療法

水素の臨床応用について
——統合腫瘍治療における水素ガス吸入療法の意義

萬 憲彰 医療法人医新会 よろずクリニック 院長

はじめに

 水素の生体への影響は、太田成男先生(元日本医科大学医学研究科教授)が2007年に医学雑誌『Nature Medicine』に「水素(H2)の生体への有効性」を発表され、大きく注目されるようになりました。
 その後、水素水の信ぴょう性が議論されているなかでしたが、当院は水素ガス吸入の可能性に着目して、積極的に臨床現場に取り入れてきました。その効果を期待するところの多くは、ヒドロキシルラジカルを還元することによる抗酸化作用や、ミトコンドリア活性化によるがん治療への有用性です。
 水素ガス吸入は呼吸により気体として取り込むため、人体へ効率的に取り込むことができると考えています。また、がん治療は保険適応内の標準治療や保険適応外の代替医療がありますが、それらの最も効率的な組み合わせを模索し、患者さんに最大限の効果をもたらすことを目的とした治療を私は「統合腫瘍治療」と標榜しています。この最善の組み合わせを目指すなかで、水素ガス吸入療法は標準治療における抗がん剤や放射線治療で最も危惧される副作用を軽減することが期待でき、さらには免疫学的な効果により治療の相乗効果も期待できるので、がん治療の基本として取り組むべきものであると考えています。
 本稿では、実際の臨床的な報告とともに統合腫瘍治療における水素ガス吸入療法の意義を報告したいと思います。

患者さんにとって「より良いがん治療」とは?

 まず初めに、「より良いがん治療とは?」という永遠の課題の話になってしまいますが、これには理論上の考えと統計上の考え、そして当事者(ここでは患者さん)の価値観が重要だと思います。
 最もわかりやすい統計上の話では、本誌の2019年2月号で私が大会長を務めた「日本先制臨床医学会 第2回学術大会」が特集されましたが、その際に寄稿した内容を抜粋したいと思います。
 アメリカにて「1032例の標準治療のみを受けた患者と、258例の標準治療を受けたが代替療法も受けた患者の比較」では、標準治療と代替医療併用群のほうが明らかに生存率が低下していて、分析結果では代替療法を選択した人の7%が手術を拒否し、34・1%が抗がん剤治療を拒否、53%が放射線治療を拒否しているなど、標準治療をしっかりと受けませんでした。
 すなわち、やみくもに標準治療を否定し代替医療を選択することは、生存率の低下につながる可能性が高いという結論です(図1)。
 生存率を上げるという観点から標準治療をベースに選ぶとして、手術のみで完治が目指せる初期のがんではない場合は、抗がん剤治療と放射線治療など副作用が危惧される治療を選択することになります。そして患者さんが最も恐れるのがその副作用であり、副作用を軽減することができるならば、よりスムーズに良い治療の流れに乗ることができるでしょう。
そういった観点から、水素吸入療法は非常に可能性のあるサポーティブ療法だと考えていますが、以下にその理由を述べたいと思います。

水素吸入療法は非常に可能性のあるサポーティブ療法である

その① 抗がん剤の副作用を軽減することができる可能性(表1)
 
その② 水素による放射線治療の副作用軽減効果
水素は以下のように放射線治療におけるQOL(生活の質)の低下を抑制できる可能性があります(図2・表2)。
 
その③ 水素による抗腫瘍効果
 こちらは理論上の話になりますが、私はNF-κBという転写因子に注目した水素ガスの利用を考えています。がん細胞でNF-κBという転写因子(遺伝子の発現を調節する細胞内のタンパク質)の活性が高まると、がん細胞は死ににくくなり、抗がん剤へ抵抗性が出現し増殖や転移が起こりやすくなるといわれています。
 さらに、がん細胞や炎症細胞のNF-κB活性が高まると、内皮細胞増殖因子(VEGF)や単球走化因子-1(monocyte chemoattractant factor-1)やインターロイキン-8(IL-8)やシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)など、腫瘍血管の新生に関与するタンパク質の産生が増加します。
 したがって、NF-κB活性を抑制すると、がん細胞の増殖や転移を抑えることができると考えます。ヒドロキシルラジカルによる酸化ストレスや、炎症反応の中心的なメディエーターである腫瘍壊死因子α(tumor necrosis factor-alpha,TNFα)は、転写因子のNF-κBを活性化します。したがって、「ヒドロキシルラジカルを消去して酸化ストレスを軽減」して、「NF-κBの活性を抑制」することでがん組織に行く血管の新生が抑制され、がん細胞の増殖活性が低下し、体に負担をかけずに「がんとの共存」あるいはがんの縮小が期待できると考えています(図3)。
 
その④ 水素は疲弊したT細胞を活性化したT細胞へ戻すことができる
 がんを攻撃する免疫細胞の1つであるT細胞は、腫瘍抗原に繰り返し曝露されPD-1の発現が高まると、T細胞は疲弊し始めます。制御されていないPD-1シグナル伝達が増幅すると、T細胞は反応する能力を失い、時間とともに疲弊したT細胞は複製能、がん細胞攻撃能を失い、最終的には生存能力といった重要な機能を失っ ていきます(図4)。
 腫瘍浸潤T細胞の疲弊により、固形がんおよび血液がんでは、以下のようなことが観察されます。
・PD-1およびその他の免疫機能阻害因子のアップレギュレーション
・免疫応答のガイドとなる細胞シグナル伝達分子であるサイトカインの産生量減少
・がん細胞への殺傷能力の低下
 そしていま話題の免疫チェックポイント阻害薬はこういったPD-1陽性KT細胞の活性を取り戻すことで抗腫瘍免疫を得ることで有名ですが、玉名地域保健医療センター院長の赤木純児先生の研究では、ハイセルベーターET100による水素ガス吸入を1日1時間以上の吸入を行ったグループで50%以上のPR(腫瘍が30%以上減少)率となり、またそれらのグループではPD-1陽性KT細胞が減少し、PD-1が発現していないKT細胞の割合が増加したとの報告がありました。
 しかも、2019年3月17日に東京大学で行われた「第1回水素の還元作用と免疫活性セミナー」では、通常容量の3分の1程度のオプジーボと水素ガス吸入にて、一般的な奏効率が2〜3割から5割以上に改善し、副作用も非常に軽度であったとの報告が追加されています(写真3)。

当院の統合腫瘍治療の基本療法

 以上のようにこれまで述べてきました4つの大きな理由から、当院では統合腫瘍治療の基本療法に水素ガス吸入を組み込んでいます(写真1)。
 当院では、2016年末より「ハイセルベーターET100」(写真2)を導入していて、現在はクリニックの吸入スペースに3台、滞在型治療の入居先に1台を常備し外来水素吸入を行っています。
 さらに水素発生器製造元のヘリックスジャパン社と協議し3カ月、6カ月、12カ月の期間限定でレンタル可能なプランも作成しました。

「ハイセルベーターET100」を使う理由

•水素は分子量が最小である。
⇩体内のどこへでも到達可能
•気体なら呼吸さえできれば体内への取り込みが可能である。
⇩経口摂取困難でも使用できる
•溶存しているものを使うのではなく、その場で発生させたものを利用するため消失している可能性がない。
⇩確実に取り込み可能
•取り込める量に制限がない。
⇩呼吸さえしていれば取り込み可能
•機器の特徴
⇩安全に安定して比較的大量の水素ガスを発生する(毎分1200㎖以上)
 水素療法は、これからがんや認知症をはじめさまざまな分野での活躍が期待されています。ミトコンドリア活性と各種疾患との関連もわかってきており、先ほどお話しした東京大学でのセミナーの最後には、太田茂男先生による論文「分子状水素が遺伝子発現を制御するメカニズムの解明」に関しての解説もいただきました(写真4)。筆者も「水素ガス吸入療法の役割」について発表させていただきました(写真5)。
 特に明確になったのは、水素によるNFATという転写因子の活性低下作用です。NFATは、がん、アルツハイマー病、パーキンソン病、高血圧、骨粗鬆症、心筋肥大との関係が注目されている転写因子ですので、NFATを通じて水素の多彩な効果を説明することが可能となり、今後は水素の応用面も大きくなると期待されます。
 

図1


図2


図3


図4


写真1 当院での水素吸引スペース


写真2 水素発生器「ハイセルベーターET100」


写真3 水素吸引による効果を発表する玉名地域保健医療センター赤木純児院長


写真4 第1回水素の還元作用と免疫活性セミナーで発表する太田茂男日本医科大学名誉教授


写真5 東京大学で行われたセミナーで「統合腫瘍治療における水素ガス吸入療法の役割」について発表する筆者