連載 第136回 帯津良一の「養生塾」

おいしい食事は自然治癒力
を高める

 
帯津良一  帯津三敬病院名誉院長 帯津三敬塾クリニック顧問

世界中から注目されている「長寿国・日本の食事」

 厚生労働省が2019年7月30日に公表した「平成29年簡易生命表」によると、2018年の日本人の平均寿命は、男性が81・25歳、女性が87・32歳で過去最高を更新したそうです。国際比較で見ると、日本女性の世界ランキングは香港(87・56歳)に続いて第2位、男性のそれは香港(82・17歳)・スイス(81・4歳)に続いて第3位となっています。
 日本人の平均寿命は、女性が金メダル級、男性が銅メダル級といったところでしょうか。ただし、異なる国同士の平均寿命の比較は厳密には難しいとされており、一応の目安として考えたほうがよいでしょう。それでも、日本人が長寿のため、世界中から日本食が注目されています。
 日本の領土は、太平洋・日本海・オホーツク海・東シナ海といった4つの海に囲まれています。加えて、日本列島は、そのほとんどが温帯に属し、春・夏・秋・冬と四季の移り変わりがあります。このため、新鮮な魚介類・海藻類や四季折々の旬の野菜・果物などの食材に恵まれています。そのうえ、食品衛生の管理、国民皆保険制度の整備、冷暖房の完備……などがなされています。こうした要因が日本を平均寿命1位の長寿国に君臨させているのでしょう。
 日本食の代表格と言えば、お寿司が挙げられます。事実、アメリカでは「SUSHI」が人気を博していて、寿司屋さんが増えているようです。寿司屋と言えば、もう20年近くも前の話ですが、アメリカの健康医学研究者・医学博士であり、自然治癒力を引き出すヘルスケア・システムである統合医療を提唱しているアンドルー・ワイル博士が、このような話をしてくれました。
 ワイル博士が住んでいたアリゾナにはまだカウボーイがいて、牧畜をしていたそうです。そのカウボーイが、夜、馬で町にやって来て、昔の西部劇だと馬柵に馬をつないで肩でウエスタンドアを押して酒場に入っていくのですが、今は寿司屋に入っていくというのです。おいしいだけではなく健康食というのが、彼らにも知れ渡っているからだそうです。

がん罹患率を減少させるには「生活習慣の改善」が必要

 健康食としてアメリカに普及している日本食は、お寿司だけではありません。アメリカの書店には和食や日本の惣菜を紹介する書籍が並んでいますし、スーパーマーケットには豆腐や味噌などが出回っています。アメリカ人は健康志向が強く、良いとされるものには飛び付き、悪いとされるものは徹底してやめるのです。その代表格がタバコです。喫煙が健康を害する要因とわかればスパッとやめます。それに対し、日本人は、健康に悪いとわかっていても、きっぱりと禁煙することができない人が多いようです。
 また、アメリカではジョギングが健康法として定着しています。日本のホテルに宿泊しているビジネスマンが、朝、その周辺でジョギングをしている姿をよく見かけます。けれども、ホテルに泊まっている日本人のジョギング姿は見たことがありません。アメリカでは、がんなどの現代病が増加の一途を辿り、国家財政を圧迫していることが1970年代には問題視されていました。そんななか、国を挙げて「アメリカ国民の栄養と病気の関係性」が徹底的に調査され、がん予防に効果があるとされる食材の作用の研究が進められたり、健康のための数値目標が設定されたりしました。その成果が実り、1992年以降、がんの死亡数が減少に転じたそうです。それに対し、日本のがんの死亡数も罹患数も増え続けているのは周知の事実です。
 それは、健康向上のためのライフスタイルへの関心の度合い、さらにはその実践の度合いの差が表れているように思います。がんの罹患率を減少させるには「生活習慣の改善」が不可欠なのです。

食養生とは自分自身を高めること

 私が帯津三敬病院を開院したのは、外科医としてがん治療に携わっていて、「西洋医学だけではがんを克服できない……」「西洋医学に東洋医学や民間の治療法などを取り入れた総合的な治療を行わなければがんに克つことができない……」と考えたからです。そこで、まず中国医学に着目しました。西洋医学が体の中をしっかりと診る医学であるのに対し、中国医学は体全体をまんべんなく診る医学。体の一部に注目するあまり、その全体を見逃してしまう傾向が強い西洋医学の弱点を、人間の全体を診る中国医学が補うという形で、この2つの医療を合わせてみようと思ったのです。
 「中西医結合」という高い理念を抱いて病院を開いたものの、「患者さんの食事」という難関が立ちはだかっていました。食養生は中国医学の大きな柱。中西医結合を掲げる以上、がん治療と深い関係がある食養生はその中心に据えられなければなりません。
 がん患者さんにどのようなものを食べてもらったらいいのだろうか……。その答えは簡単に見つかりませんでした。私は、医学生としても医者としても食養生を学んだことがなかったのです。
 言うまでもなく、人間にとって「食」とは消化吸収と密接に関係しています。しかし、消化吸収は過程に過ぎず、「食」の真の目的は体内の生命場を整えることです。
 生命場を高める食事となれば、おいしくて感謝の気持ちを持って食べられるものであるべきです。いくら体に良いものでも、苦虫を噛み潰したように食べていたのであれば、心のエネルギーを下げてしまい、その効果は相殺されてしまいます。食事には、歓びや感謝がないといけないと思うのです。「自分自身を高める」という気持ちと食養生は一体です。「食べる」ということと「自分の心の力」で生命場は高まります。それだけの食事にするにはどうしたらよいのかを研究した結果、私は中国の食養生を基本とした食養生の実践に踏み切ったのです。

徐々に「養生の〝戒め〟」を緩めていく

 食事は人生の大きな歓びの1つです。節制や我慢を重ねるばかりが体に良いわけではありません。歳を重ねれば重ねるほど〝でたらめ〟をやってもいいと思うのです。
 『長生きするヒトはどこが違うか?』という翻訳本は、最先端の医学・生物学を駆使して老化のメカニズムを解明し、自然食や抗酸化ビタミンなどの効果を検証した一冊です。その書籍のなかには、結論として「長生きするためのよい方法は何もない」としたうえで、「老化の専門家」である2人の著者の提案が述べられています。それは、「だんだん〝戒め〟を緩める」ということでした。
 たとえば、70歳になったら、1週間に1回、悪食をする。75歳になったらそれを1週間に2回にする。80歳になったら3回……というように、徐々に悪食の日を増やしていくというのです。ここで言う「悪食」とは、「好きなもの」「おいしいもの」という意味です。今まで節制してきた自分にご褒美をあげたり、先が短くなっていくなかで我慢をしないようにしたりする。それが週に何度かの悪食です。
 おいしいものを食べると歓びが起き、自然治癒力が高まります。翻して言えば、「体に良い」という食材だけを食卓に並べても、歓びが伴わなければ生命力は高まりません。たまにはおいしいものを食べ、飛び上がるくらい歓んでみてください。

(構成 関 朝之)

 

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