はじめに
がんは細菌やウィルスの感染のように外敵として体内に侵入してくるものではなく、我々の体内の正常細胞の遺伝子が変異しておきる病気です。つまり身体の免疫にとって、がん細胞を異物として認識しにくい環境が体内には存在しています。その問題を解決するために、中心的な役割を担っているのがMHC Class Iです。
Class Iとは何か?
免疫系の中核を担う重要な遺伝子群であるヒト主要組織適合遺伝子複合体(MHC)が、1954年に発見されたHLA(ヒト白血球型抗原)であることがわかりました。そのHLAはClass IとClass Ⅱに分けられます。Class Iはすべての正常細胞に存在するタンパク質で、細胞内タンパク抗原をCD8陽性キラーT細胞(CTL)に提示する役割を担い、Class Ⅱは活性化T細胞、B細胞及び単球などの一部の細胞に発現していて、貪食した抗原をCD4陽性ヘルパーT細胞に提示する役割をもっています。
がん細胞では、突然変異により正常には存在しないタンパク質(neo-antigen)が作られることがあります。これらがClass Iを通じて提示されると、活性化されたCTL(細胞障害性Tリンパ球)は異常を察知し、がん細胞を攻撃対象として認識します。これが、がん免疫療法の基本となる仕組みです。
Class Iを介した免疫治療
がんの診断がついた状況で、そのがん細胞のClass Iの発現率を調べると、通常80〜90%の高い確率でその発現を認めます。がんに対する身体の免疫応答にはこのClass Iを介したものと、介さないものとがあり、Class Iを介するものは樹状細胞による抗原認知から誘導されたCTLがあります。
一方Class Iを介さないものにNK細胞などがあり、Class Iを発現しないがん細胞に対して反応します。この両者の機能があることで、体内で発生するすべての種類のがん細胞に対して対応ができるように、身体の免疫は設定されています。
以上のように、がん免疫療法の中心は、Class Iを介したCTLによる選択的な攻撃が中心になります。この仕組みを利用した治療の大きな特徴とメリットは、以下の4点にまとめられます。
1. 正常細胞を傷つけにくい〝選択的攻撃〟が可能
樹状細胞はClass Iを介して細胞内で処理されたタンパク質断片のペプチド抗原を表面に提示します。腫瘍細胞では突然変異によるneo-antigenが提示されるため、CTLはそれを〝異物〟と認識して攻撃します。
HITV療法では、腫瘍内に樹状細胞を注入することで腫瘍そのものを〝ワクチン化〟し、患者さん自身の腫瘍抗原に特異的なCTLを誘導します。これにより、腫瘍細胞だけを標的にする選択的攻撃が成立します。
2. 治療後も再発を防ぐ「免疫学的記憶」が残る
CTLが一度活性化されると、メモリーT細胞として長期に体内に残り、再発時にも素早く反応します。ネオアンチゲンワクチンでは、腫瘍特有の変異抗原を人工的に設計して投与するため、治療後に免疫学的記憶が成立されれば、長期的な腫瘍再発抑制につながります。
3. 局所刺激から全身効果(abscopal effect)への展開
HITV療法による腫瘍内投与とIMRTなどの局所放射線治療を組み合わせることで、腫瘍細胞の抗原認知を誘導します。その結果としてCTLが誘導され、その後全身を巡る免疫応答に広がり、遠隔転移巣に対する縮小効果(abscopal効果)を発生させることがあります。これは「局所免疫治療が全身治療に変わる」という、従来のがん治療にはなかった大きな特長です。
4. 個別化(パーソナル)医療への応用が進んでいる
がんは患者さんごとに遺伝子変異や免疫環境が異なるため、「一人ひとりに合った治療」が求められます。
●HITV療法は「患者さん自身の腫瘍を抗原源として利用」する点で、究極のパーソナル免疫療法といえます。
●ネオアンチゲンワクチンはゲノム解析に基づき、その患者さん特有の変異を標的化するため、高度にカスタマイズされた治療が可能です。
今後はAIを活用したneo-antigen予測や、患者さんごとの免疫プロファイリングによって、さらに効率的で精密な個別化免疫療法が進展すると期待されます。
いま直面している課題と未来の方向性
樹状細胞の機能を応用した腫瘍免疫療法は、Class Iを介してCTL(細胞傷害性Tリンパ球)が腫瘍に対して特異的に反応する仕組みを利用しています。すでにHITV療法やネオアンチゲン個別化ワクチンといった実践的なアプローチが登場し、従来の治療では得られなかった成果を上げつつあります。
また、がん細胞は「Class Iの発現を減らしてCTLの攻撃から逃げる」「免疫を抑える物質を周囲に放出する」といった〝免疫からの逃避〟を行うことがわかっています。この点を解決することで、免疫治療はより精度の高い、持続可能な治療へと変化を遂げることができます。
標準治療単独ではカバーしきれない部分、それはがん細胞の特徴のひとつである変異に対して、リアルタイムで対応できない点にあります。この部分をClass Iを介した免疫治療が補うことで、困難と言われている第Ⅳ期や再発がんの治癒を可能にさせると信じています。