連載 がんと心の関係〜メンタルケアで違いをつくる〜

第4回 視覚化(ビジュアライゼーション)作用

 
土橋美子
医療法人 慈恵会土橋病院 院長

 カール・サイモントン先生は、放射線科で研修中に患者さんの病気に対する態度が病状に影響を与えることに気が付きました。治療成績のいい患者さんが意欲的に治療に取り組むように、どのような患者さんにも意欲的に、そして積極的に治療に参加してもらうことで治療効果を上げようと、様々な取り組みの中に可能性を探求しました。
 その様々な取り組みの中で、視覚化作用(ビジュアライゼーション)の働きによる生体フィードバック(生体の機能調整)に特に関心があり、視覚化作用を用いたイメージ療法を最初の臨床実験に応用しました。イメージ療法とは、リラックスしていた状態で自分が望む状況や目標を具体的にイメージとして描く方法になります。
 がん患者さんに視覚化(ビジュアライゼーション)を応用したものが以下の方法です。
 

  1. 自分自身をイメージします 
  2. 自分自身の中にがんをイメージして描きます 
  3. 自分自身の治癒力が自分自身を癒しがんに作用していることをイメージして描きます 
  4. 自分の受けている治療が効果的に作用していることをイメージして描きます

 
 イメージを使ってがんが効果的に治療で癒え、自己治癒力によって健康を回復していく過程を具体的にしていくのです(図1)。

最初の臨床実験におけるイメージ療法

 イメージ療法を用いた患者さんへ、どのような取り組みをしたのでしょうか?
 リラックスした状態をつくるためにまず静座し、体の筋肉に意識を集中させます。頭から始めて、足の先まで筋肉が緩みリラックスするように誘導します。海辺や森の木陰などの自然の中で、十分リラックスしている状態をイメージします。
 がん細胞を具体的に想像します。最初の患者さんは高線量の放射線療法を受けていたので、何百万もの放射エネルギーの弾丸がそのがん細胞をめがけていく放射線のイメージをします。放射線を受けたがん細胞は死滅し、正常な細胞は健康に回復していくのです。
 以上を絵に描き想像した後、ここからが大事なプロセスとなるのですが、身体の白血球ががん細胞を吸収し、肝臓や腎臓から体外へ排泄する状況までを想像します。これを繰りかえし、徐々にがん細胞が縮小し、その結果、健康な生活を維持していくことを明確に頭の中で描きます。このような一連のイメージ療法をエクササイズの一環として一日に3回、朝の起床後、昼食後、就寝時に5分から15分程度かけて取り組んだのです。
 患者さん自身も「心身一如」といった東洋哲学に造詣が深かったことも、イメージ療法が効果的だった一因だったかもしれません。このエクササイズにとても意欲的に患者さん自身が取り組んだのです。
 高線量の放射線量に関わらず、口内炎や火傷といった副作用がまったくありませんでした。何より驚異的な回復力で、2カ月後には画像診断などではがん細胞が消滅するまでがんを癒していったのです。

喜びと不安、そして絶望感

 イメージ療法の驚異的な結果にサイモントン先生はとても興奮し、この治療法にさらに興味を覚えたのです。一方で、心配や不安感も感じたそうです。あまりに驚異的な治療経過だったので、喜びと同時にこの先どうなるんだろうという恐怖心も芽生えたそうです。イメージ療法が大変な効果を示し、それは医学教育の中で学んできたことをはるかに超えた結果が得られたからです。
 さらに不安感に追い打ちをかける出来事がありました。病院の同僚のネガティブな反応でした。この最初の患者さんの経過を周囲に話したところ、どの医師からもネガティブな反応が返ってきたのです。そして、喜び勇んで放射線科のカンファレンスで症例報告をしたところ、上司から「この結果を一切口外してはいけない。患者に下手な希望を持たせてはいけない」と叱責を受けたのです。目の前の患者さんが驚異的な回復をしたのにも関わらず全否定され、なかったことにされてしまったのです。
 イメージ療法が自分自身の病気の過程に影響を与えることができる事実が、否定されてしまった瞬間でした。サイモントン先生は、医師になってから数年にわたって患者さんが意欲的に治療に参加する探求を続けました。心が治療の過程に影響を与えるという結果が得られたと同時に、心の在り方が病気を治しうるという可能性についてすべてが否定されてしまったのです。周囲の評価により、サイモントン先生の絶望感がどれほどであったかは想像に難くありません。

下手な希望?

 「下手な希望を持たせてはならない」と上司から厳しく注意を受けたサイモントン先生は、病院の図書館に向かったそうです。ウェブスター辞典(日本でいう広辞苑のような辞典)を手に取り、〝hope〟すなわち希望について辞典を紐解いたのですが、7つの項目の1つに以下のような説明がありました。『希望とはその可能性に関わらず、得たい結果が得られるということ』と書いてあったのです。
 サイモントン先生は辞書に思わずキスをしたと言っていました。それくらいにエキサイティングで嬉しかったのだと思います。「可能性が高いものだけに希望を持ってもよい」などとは書かれていなかったのです。
 つまり「下手な希望」という概念はないということだったからです。「その病状に関わらず(たとえ病状が重く統計学上の可能性はどんなに少なくても)、得たい結果が得られる(病気が癒える)と信じること」が希望なのです。信じることは『信頼』です。私たちは目に見えるものを信じると思っています。しかしながら信じるものを見ているのです。何を信じるかがカギになります。「可能性に関わらず、病気が治りうる、健康になれる」と信じることはとても大事な信念になるのです(図2)。
 そして、「何を信じるか」その選択の決断には意志が必要になるのです。

 

図1


図2

土橋美子(つちはし・はるこ)
鹿児島市生まれ。1993年日本医科大学卒業。虎の門病院麻酔科で初期研修、鹿児島大学医学部第3内科で後期研修を修了。北里研究所東洋医学総合研究所の特別研修医として漢方・鍼灸医学の研修生となる。北里研究所病院・都立大塚病院・阿久根市民病院などに勤務。中村クリニック副院長を経て2009年1月、医療法人慈恵会土橋病院院長となり、現在に至る。日本内科学会認定総合内科専門医、サイモントン療法認定スーパーバイザー。